2019年6月26日水曜日

NY



The Best of Punto y Raya 2018、世界中巡回しているようで、先週末はスペイン、明日はニューヨークのIFCセンターで上映とのこと。
IFCセンターがあるワシントンスクエアパーク周辺、昔ホテルとらずにNY行って、空いてる部屋探して歩き回ったなぁ。初めての欧米海外旅行で東洋人ってマイノリティやなぁ、、と感じたあの辺で上映されるのはなんとも感慨深い。


20年前のワシントンスクエアパークで。
20 years ago at Washington Square Park

2019年6月16日日曜日

八重山

かれこれ4回目の八重山諸島。最初に行ったのは6年前のジカン社員旅行
今回は行ったことのなかった小浜島へ。
梅雨の合間にたまたま晴れて、空も海も綺麗でラッキー。











2019年6月14日金曜日

未来の映像

去年の秋にポーランドで出会ったマイケル・ライオンズ氏がE.T.4に来てくれた。
Punto y Rayaで特別賞をもらった彼は立命館大学で映像学部で教授をしている。
今年の11月にPunto y Rayaの京都版を企画しているのでゲストスピーカーで来てほしいとのこと。
もちろん日本であんなアブストラクト映像の上映会があるのなら喜んで参加したい。
その他にも大学で講演みたいなのをやってほしいと言われて、どんな講演会?ってきいたら過去にサウンドアートのパイオニア 鈴木昭雄さんや去年<space>を観にに来てくれたニシジマアツシさんが講演したって、、そんなビッグネームの後にはって、、ちょっとビビってる。
マイケル曰く、映像作品だけではなく、今までの足取りや会社を興したことなんかも興味深いと。

立命館大学、立命館、、、自分が学生だった頃や、卒業したころは立命館に映像学部なんかなかったぞ。
でも、立命館大学には一時期お世話になったような、、。
グーグルマップで立命館の場所を確かめたが、場所をちゃんと覚えていない、、でも何度も通った気がする。
すごくぼやーと、迷いながら過ごしたグレーな日々の記憶が、、確かにある。
話は少々長くなるが、、

30年ほど前、自分は同志社大学の経済学部に通っていた。
経済を勉強したかったわけではない、とりあえず、そこそこの大学に入ることが高校時代の目標でたまたま合格届をもらったそこに在籍していた。浪人せずに済んだくらいにしか思っていなかった。
まったく勉強しなかった。
音楽に夢中になってバンド活動に明け暮れていた。
野茂が大リーグでボアダムスが海外のインディーシーンで旋風を巻き起こしていたころ。
音楽で新しいことができる、革新的な表現ができて世界に通用したい、、みたいに思いながら(生楽器のバンドにDJやサンプラーの音をミックスしたり、フリージャズ的や音響ダブ的な要素を入れたりして)
バンドメンバーといろんなサウンドの実験をして発表して、初めてモノづくりする楽しさを実感していた。
でも将来的には音楽で食べていける自信もなくて、卒業後のビジョンは全く持っていなかった。

ただ、学生バンド時代に少し自分の将来が見えた瞬間があった。まだインターネットもなくてウインドウズ95も発売前のころ。
とあるコンテストで優秀してバンドのレコーディングをさせてもらったときに当時としては最先端のアップル社マッキントッシュを使うことになった。
スタジオのオーナーが休憩時間にバンドの写真をスキャナーで取り込んでくれた。モニター上に映し出された自分たち、、コンピューターのモニターで自分の顔を見るなんてことは初めてだった。
そしてそれにフォトショップ(バージョン1か2)でグニャーとフィルターかけた時に、、おおースゲー!!!っって自分の日常や価値観もぐにゃりと曲がって溶けて新しい世界と混じった気がした。
未来を感じた。
音楽では食べていけないけどコンピューター使った未来の映像だったら仕事しながら音楽の時みたいな面白さがあるかもって胸が高鳴った。

卒業する頃はちょうどバブルがはじけた後の就職氷河期で仕事もなく、ぶらぶらバイトしながら、これからどうしていったらよいのか途方に暮れていた。
未来の映像を作ってそうな広告代理店や制作会社、編集スタジオは経済学部出身でさらになにも勉強してなかった自分は全く相手にされなかった。
公務員しながらバンドとか好きなことやれる?大学院行って時間稼ぐ?とか都合のいいことも考えながら、、公務員試験や大学院の試験もいくつか受けた。動機不純でほとんど勉強していなかったので当然落ちた。

そもそも何も映像のことを学んでいない自分が社会で使ってもらえるはずがない。
図書館に通い詰めて、映像関連の資料をあさり、日本で未来の映像を学べるような場所を探したがわからなかった。
どこで学べばよいのか、アメリカに留学したらできるのか?
もうどうしたらよいのかわからず途方に暮れていた。

そして、当時使われ始めた「マルチメディア」って言葉に妙な期待感をもって調べ、図書館にあるメディア論とかコミュニケーション論ってのはもしかしたらマルチメディアのことかも、それは未来の映像に関係してるかもって勝手に考えた。
図書館で借りたコミュニケーション論の著者のA先生が立命館大学で教えているらしいのでその教室に潜り込んで勝手に授業を聴いた。
一週間に一度の授業を聴きに実家の堺から南海・地下鉄・阪急・嵐電と乗り継いで立命館大学へ向かった。
それも半年間、立命館大学の学生のような顔をして。おまけにテストも受けた。テストを返してくれた時にそのA先生が、「君、いい点数だったけど、立命の学生じゃないよね」って優しく言ってくれた。
そのテストが終わってなにか一区切りがついた気がした。けれど当然何も状況は変わらなかった。
授業料を払わずに学ばせてくれたコミュニケーション論はマルチメディアとは違ったし未来の映像とも違った。そもそもコミュニケーション論を学んでその先に何になるかまで見通せてもなかった。
かなり頭のおかしい時期だった。頭を坊主にしてぼろぼろの服を着てオウム信者とよく間違われた。オウムに迷い込んだ彼らの気持ちもわかる気がしていた。それだけ迷走していた。

そんなある日、学生時代のバンドでベースを担当してた友人が建築を志して理系の京都工芸繊維大に編入したときいた。
やはりちゃんと実技学んで映像関係の仕事に就きたい、そうするべきだ!思い、自分もその翌年の工繊大映像学部の編入試験を目指した。
理系の学部だったので苦手の数学を独学で勉強するために図書館に通い続けた。半年頑張って、もうこれがラストチャンスと試験に賭けた。でもそれも結局落ちた、、目の前が真っ暗になった。

そのころ、紹介された小さなTV番組の制作会社でフォトショップを使ってテロップを作るバイトを週に2~3日やっていた。
小さなワンルームマンションの一室で机の上に机を重ねてその間にMACとモニター設置されていた。
FAXで届いた原稿どおりフォトショップで文字をうって保存してMOディスクに入れてテレビ局の所定の場所に納品する仕事だった。
未来の映像という感じは全くしなかった。
はやく工芸繊維大の試験に受かって、大学で勉強がしたかったが前述通り予定が狂ってしまってどうしたらよいか思い悩んでいた。
バイトの余った時間で勝手にソフトをインストールしてフライングロゴアニメーションを作ったらそこの社長が局に売り込んでくれてテロップ以外のコンピュータグラフィックの仕事をたまにやるようになった。
同じころ学生時代のバンドでリーダーをしていた友人で彼はミュージシャンを目指して早朝から配達のバイトしていたのだが、自分がやっているCGバイトに興味をもって自分もやってみたいといって一緒にそこでバイトをし始めた。音楽はもちろん、ライブの告知フライヤーはいつもその彼が制作していて美術のセンスもよくて色々手本になった。仲間が増えた気がしてどこか違う場所を目指さなくても今ここで面白いことができるかもと思い始めた。

そしてパソコンで映像編集ができるようになり、3DCGや映像合成のソフトウェアがUNIXのワークステーションじゃなくても使えるようになり、音楽の時と同じようにいろんな実験ができるようになって、少しだけ未来の映像に近づいたような気がした。

一流の制作会社やデザイン事務所とは程遠い場所からちょっとずつ未来の映像と向き合い30代の半ばで独立してジカンデザインを設立した。

立命館大学という名をきいて、あのころの自分を思い出した。
あの頃の悶々とした日々は自分にとって何だったのか、、
少しずつ、少しずつ、自分が何をしたいのか自問自答しながら、理想と、今ある現実と向き合いながら悩んだ時間。
スタートラインにさえ立てず、挫折感を感じた日々。
でもその期間が当時の自分にとって必要だったし、いまの自分のベースになっているように思う。
思っていた通りいかないことは多いけど、意外と近くのことを少しずつやり続けるところから道は開けるのかもしれない。
自分の眼で見て、考えて、自分の足で歩んで、少しづつ成長して道が見えてくる。
それは今でも同じかもしれない。
これからも迷いながら、見つけて、進んで、少しずつ未来の映像を追い求めていこうとあらためて思った。










2019年6月12日水曜日

SAS2019



6/17~21にリスボンで行われるSAS2019カンファレンスで以前作った作品 "Coloed Wall XP Sq" が上映されるとのこと。
"Sonic Landscapes and Spatial Constructions"というテーマでPuntoyRayaのキュレーターNoel Plazzoがまとめた映像リールの中で紹介される予定。

"Coloed Wall XP Sq"は2015年のPyRで選出されたムービーで、アナログビデオシンセとスリットスキャン的なエフェクトを組み合わせた映像フッテージはその直後に制作した三戸なつめちゃんのMV「8ビットボーイ」でも背景素材に使用しました。
SNS上では外国人から「LSDより効く!」とか言われましたが、いたって健全に映像実験しながら作ったムービー。
今年で31回目という由緒あるSAS(Society For Animation Studies)カンファレンスで使ってもらってありがたいです。

My art work will screened at SAS2019 conferande in Linsbon June 17th.
PUNTO y Raya Festival's co-director Nöel Palazzo include my work "COLORED WALL XP SQ" in her presentation.