2015年6月8日月曜日

JIKAN / ABOUT



ジカンデザインのコンセプトムービーが公開されました。

「自社のフィロソフィーをスタッフ全員で映像化しよう」と去年の夏頃からいろんなプロジェクトの合間を縫ってボチボチ進めてきました。

音楽はClusterみたいな曲ないかなぁ、、とSoundCloudを徘徊して巡り合ったケベックのアーティストParaphonique
ダメ元でメールしたら快く曲を使わせてくれました。
Thank you Nicolas!

ムービー後半では3年前に取り組んだBallonProjectの映像が重要な役割を果たしています。
当時、何の為にこんな大変な思いをして風船あげるのか、、と複雑な思いで取り組みましたが、やっと答えをここに見つけた気がします。感慨深い…。

ちなみに、序盤の線アニメで細胞分裂みたいに進化していく生物はCMB(Creative Mutant Baby)、
目から飛び出して浮遊する鉱石みたいなものはCPC(Creative Power Crystal)と命名されてます。
なんのこっちゃ…。

先週、公開直後にこのムービーを見て事務所を訪問したい!と学生さんから電話があってビックリ。
ムービーのテーマにある「観る人に何かを生み出す!」がリアルに実現できたようでうれしかったです。



2015年5月22日金曜日

物件


ちょうど去年の今頃、事務所の隣の部屋が空くことになって
そのスペースを借りてなにか新しい事とか始めよう!とかスタッフ皆で盛り上がってたなぁ…。
その後、隣の部屋を契約する間際にビルのオーナーから
やっぱりこのビルは古いからもう終わりにしたい・・と告げられ
今年の7月末までにここ東亜ビルを出ることになった。

それから10カ月ほど、仕事の合間に近所の物件を探すも
なかなか条件のあう所が見つからず・・・・
最初は来年の7月末やし、、と余裕を持って
のんびり楽しみながら内覧してたけど、
もうそろそろリミットになってきた。
あらためて自分たちのリクエストを振り返ると
緑に近くて、趣のあるビルで、広くて、明るくて、安くて、、
そら、なかなか出て来ないよなぁ・・そんな理想的な物件。
うーーん、そろそろ決めないけないけど妥協はしたくないし、、、
…と映像制作以外の時間はそのことで頭がいっぱいいっぱいで
物件情報とグーグルマップとグーグルアースばかり見てました。
そんなことでここ最近はブログ書くのとかほったらかしにしてました。
すんません。




でも、いや、ほんとに、そろそろ、決めな。

2015年4月30日木曜日

ジカン屋久島2015


Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

Yaku-shima

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今年のジカン旅行は屋久島。

スタッフと2日間、体を酷使して自然を体感してきました。

光、緑、海どこも生命力に満ち溢れ美しかった・・・。





2015年3月20日金曜日

2月



いまごろですが、あっというまに過ぎた2月。

年末からジカンで取り組んでる三戸なつめちゃんのプロモーションムービーで事務所横の空き部屋をスタジオにして撮影したり・・・

去年に引き続きの実写案件で家族の幸せなひとときをスタジオ撮影したり・・・

某放送局のロゴを動かしたり…

大学の卒展にいったり、初めて就職セミナーたるものに参加して会社のアピールしてみたり…

事務所の引っ越し先物件を探して回ったり…

束の間、冬の雪山でリフレッシュしたり…


めっちゃ仲良くさせてもらってる同い年の友達の結婚式ですごく幸せな気分になったり…
一つ歳をとって43歳になったり…

その他いろいろ、ひとつひとつブログに書きたいぐらいのことがたくさんあったなぁ。
ありがたいことです。





八ヶ岳の冬は星がきれかった


2015年2月5日木曜日

Visual Cortex





年末、待望のビデオシンセサイザーモジュールが、NYから届いていろいろ実験中。
自宅でやってる電気的な映像制作、
いままでビデオフィードバック中心だったけどこれに持ってるアナログシンセとか繋いだらいろいろ他にもできそう。

フィードバックもそうだけれど、CG処理じゃなくてほんとに電気・電圧で映像コントロールするのが気持ちいい。
いじっているとノイズや電流にひそむ精霊みたいなものを感じる。
しばらくこれに夢中になりそう。









2015年1月25日日曜日

20年

年明け、久しぶりに高校の部活動の仲間たちと会った。
20年前、阪神淡路の震災で亡くなった友人を偲ぶ会で。

亡くなった彼は、バスケ部のチームメートでもあり、音楽や映画、小説についていろいろ情報交換をしたり、旅行に行ったり、隠れて酒を飲んだり、服を買いに行ったり、恋愛の話をしたり、とにかく一番いろんなことを一緒にしたやつだった。
大学卒業間近で、もう大手のマスコミに就職が決まってたのに …。彼のプランではジャーナリストでいろんな賞をとって、その後小説家に転身して大成するはずだった。
当時1年前に卒業するも定職につかず不安定だった自分は、そんなことを目をキラキラさせて語る彼をとても眩しく感じていた。
そんな友人の輝きが一瞬にして失われた。
自分は、彼の死をあまり現実的に受け止めれなかった。

それから月日が経ち、仲が良かったクラブの仲間たちともあまり会うことがなくなり、高校時代がときおり夢の中で現れる青春時代の一瞬のようになり、、、
20代そこそこであの世にいった彼と自分の年齢の差が開くにつれ
生きてればこんな風になってたかなとか、今の時代のこんな事どう思うかなとか思い出すことが多くなった。
特に震災のあったこの時期。

自分はあいつにいい土産話ができるような日々を過ごしているか。
ありがたく過ごしているか、あいつの分までやりきっているか。
毎日を大切に生きねば。
久しぶりに見た20代の彼の遺影の前で誓った。



2014年12月31日水曜日

送別会


今年の仕事納めの日、忘年会だけではなくて
2010年からジカンスタッフとして頑張ってきてくれたスタッフ若佐の送別会も兼ねて。

映像の仕事はもちろん、事務所の観葉植物や屋上の野菜作り、
そして何と言ってもハロウィーンイベント!やXマス会!など独自の企画でリーダーシップを発揮してくれました。

またいつも周りのスタッフ皆に気を配ってくれてました。

忙しい案件の合間にも心に余裕を持って取り組めたのは彼女のおかげだと思っています。

彼女がジカンで作ってくれた職場の雰囲気、これからも受け継がれていってほしいな・・・

若佐ちゃん、またいつでも遊びに来てな!